昨年『世界にひとつのプレイブック』でアカデミー賞シーズンを賑わしたデヴィッド・O・ラッセル監督作品が今年も台風の目だ。男女優の演技部門全部門 (これは映画史に残る快挙!) をはじめ、監督賞・脚本賞など主要10部門でノミネートされているのだ。
その映画『アメリカン・ハッスル』は、1979年にアメリカを揺るがした汚職スキャンダル「アブスキャム事件」の映画化。FBIが逮捕した天才詐欺師に捜査協力を強要し、偽のアラブの大富豪を仕立てあげて、カジノの利権に群がる汚職政治家やマフィアをハメるという話だ。つまりこれは実話に基づいた壮絶な騙し合い、ユーモアたっぷりのスリリングで知的なコン・ゲームになっている。
『ザ・バンク –落ちた巨像-』(2009)でデビューした脚本家エリック・ウォーレン・シンガーとラッセル監督の脚本は「うねり」が効いており、ストーリーが二転三転して最高である。それにもまして、特殊メイクなどで過剰に作りこんだ俳優陣の演技のアンサンブルが見ものだ。
天才詐欺師役にクリスチャン・ベイル、妻役にジェニファー・ローレンス、愛人役にエイミー・アダムス、FBI捜査官役にブラッドリー・クーパー、汚職政治家役にジェレミー・レナー、マフィア役にロバート・デ・ニーロと、「ラッセル組俳優」が並ぶ。
ベイルはでっぷりと30kgは太ってハゲ男を演じている。アダムスはほとんどノーブラの妖艶な女、クーパーは役づくりのためチリチリのパンチパーマを当てている。開巻劈頭、ベイルは薄くなった髪の毛の手入れしてハゲ上がった部分にスプレーで黒く塗る (髪の毛をカモフージュする) という具合で、キャラクターが過剰なまでに説明される
物語の舞台は70年代末。ほとんどの男優陣が着るジャケットのラペルは大ぶりで「時代」を表している。そして本作は、デューク・エリントン「ジープ・ブルース」に始まり、その曲で終わるように、マーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』や『カジノ』よろしく、ゴキゲンな楽曲 (しかも既成曲だけ) で「時代」の雰囲気を伝えているのだ。映画に劇伴音楽はつきものだが、この音楽はなんと30曲近くにもおよび、ここでもトゥーマッチに畳みかける。
スティーリー・ダン、アメリカ、サンタナ、ドナ・サマー、トム・ジョーンズ、クィーン、ビージーズ、デヴィッド・ボウイといった70年代を代表するアーティストをはじめ、セロニアス・モンク、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、テンプテーションズなど、ジャズやファンクの名曲までもズラリと並ぶ。やや冗長ではあるが全曲をご紹介するとこんな具合だ。
- Jeep Blues – Duke Ellington
- A Horse With No Name – America
- Dirty Work – Steely Dan
- Does Anyboby Really Know What Time It Is – Chicago
- Blue Moon – Oscar Peterson
- I’ve Got Your Number – Jack Jones
- Live To Live – Chris Stills
- la chatte a la Satie – Piero Piccioni
- The Coffee Song – Frank Sinatra
- Straight, No Chaser – Thelonius Monk
- Stream Of Stars – Jeff Lynne
- It’s De-Lovely – Ella Fitzgerald
- I Saw The Light – Todd Rundren
- I Feel Love – Donna Summer
- Don’t Leave Me This Way – Harold Melvin & The Blue Notes
- Delilah – Tom Jones
- I Was Born To Love You – Queen
- 10538 Overture – Electric Light Orchestra
- Goodbye Yellow Brick Road – Elton John
- Papa Was A Rollin’ Stone – The Temptations
- Evil Ways – Santana
- The Evening News – John Ross
- White Rabbits – Mayssa Karaa
- How Can You Mend A Broken Heart – The Bee Gees
- To The Station – Evan Lurie
- Live And Let Die – Paul McCartney & Wings
- Long Black Road – Jeff Lynne
- The Jean Genie – David Bowie
- Clair de lune – Jeff Lynne
とくに、ジェフ・リン率いるエレクトリック・ライト・オーケストラの曲は全部で4曲もあり、先のゴールデングローブ賞授賞式では、本作の関係者が受賞するとELOのデビュー曲である「10538 オーバーチュア」が出囃子に使われていた。そしてもっとも印象に残るのは、『007 死ぬのは奴らだ』のポール・マッカートニーの主題歌「リブ・アンド・レット・ダイ」。劇中で、ジェニファー・ローレンスが歌うのに合わせて (名シーンだ)、ぼくも合唱してしまった。
ラッセル監督の演出も、詐欺という題材が音楽や特殊メイクという過剰さとマッチしていて、作品の世界観をより強固なものにしている。これがすばらしい。同日公開の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』もいいが、こちらはもっと上の出来だ (ぼくはマーティン・スコセッシ監督の信奉者だ)。実話がベースなはずなのに、あり得ない「嘘っぽさ」で充満しているのだ。凡百の映画であればここで興ざめしてしまうところだが、何よりも出ている俳優たちのキャラクターが立っていて、全員をとことん愛してしまうから問題ない。
本作は当初、『アルゴ』のベン・アフレックが監督候補だった。しかし、他の監督を想像できないほど、ラッセル監督は薬籠中のものにしている。彼がもたらした俳優陣の演技は絶妙なアンサンブルを奏で、二転三転としたストーリーに抜群のスピード感をもたらし、心に強く響いている。
「Less is more.」(より少ないことは、より豊かなこと)や、シンプルライフ、スモールギャザリングというキーワードが強調されるこの時代にあって、『アメリカン・ハッスル』は時代に逆行するこの「過剰さ」こそが魅力。怒涛のスピード感にひととき酔いしれたい。
『アメリカン・ハッスル』1月31日より公開
http://american-hustle.jp/
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Text : Mutsuo Sato