画家、陶芸家として知られる高仲健一が著した『山是山水是水』(自然堂出版)。絵と漢詩とエッセイで構成された本書は、房総の深い山に居を構え、妻と3人の子供、10数匹の家畜と共に暮らす著者による、山中生活での出来事をビジュアルとテキストで表現した作品である。
作者自身が「絵ッセイ」と呼ぶ『山是山水是水』。序文によれば、それぞれの出来事を描く際、まず李朝民画を手本とした絵を描き、それに漢詩を付し、最後にエッセイを添えるといった順序で作られたのだという。
表題となった「山是山水是水」とは、唐代以来、多様な意味で用いられてきた禅語。ある日、自宅近くの滝で座禅を組んでいた際、この言葉が「頭に浮かぶのではなくて、目前にボーっと現れ」たのだという。「山是山水是水」という言葉について、あえて解釈を提示せず「難しい話を抜きにして、字面だけ眺めてもいいですね」と記す作者だが、この姿勢に本書の魅力が集約されている。
ガスも水道もない環境で、日々座禅を組み、漢籍を素読し、陶芸の制作に励む作者。その20年にも及ぶ山暮らしで体験し本書で紹介される95もの逸話は、いずれも作者自身が心を打たれた出来事ばかりである。
子犬を貰い受ける話、ムカデに噛まれる話、昼寝をする豚を見た話等々、作者が他ならぬ“日本の山”から得た、生活上の感動を飾り気なく表現した『山是山水是水』。作者は自然の中で心動かされた出来事を、まず絵として表現し、古人の知恵である漢詩に倣った後、ようやく自身の思いを記している。本書は、普遍的な価値が立ち現れる山暮らしの経験を通じて、時代を超えた存在である自然に真摯に向かい合った作品である。
山の不便を気の持ちようで克服し、これを豊かさの一部だと思い至ったという逸話に記された漢詩「傍人笑寂寞 寂寞吾所欲(人は私の貧乏暮らしを笑う、だが、この暮らしは私自身が欲した事である)」。この古言は、時代を超えて誰もが成しうる、困難に対する精神の勝利宣言ではないか。
奥深い山に身を置く生活で作者が学んだ古人の知見は、現代の都市に生きる我々にとっても大きなヒントとなるに違いない。
『山是山水是水』
高中健一著 自然堂出版
Text : Hiroyuki Motoori