1968年、社会主義政権下のチェコスロバキアで起きた“プラハの春”と呼ばれる動乱を撮影した写真がきっかけになり、1970年にイギリスに亡命したジョセフ・クーデルカ。当初、匿名で西側に配信されたその写真は、後に彼の代表作と目されるようになります。でも実は、それは彼が見せるさまざまな顔の一つにすぎません。東京国立近代美術館で開かれている個展はクーデルカの初期から最新作までを網羅するもの。日本ではあまり知られていない作品も見ることができます。
たとえば初期の作品や、演劇雑誌の表紙に使われた実験的な作品では、暗室作業によってコントラストを強調したり、一度プリントした写真をもう一度斜めから撮影して画面を歪ませたり、といった操作をしています。画面を横切る地平線に点々と人や建物が並ぶ構図などはとてもグラフィカル。何気ないスナップのようですが、景色が周到に切りとられているのがわかります。
ジョセフ・クーデルカ 「初期作品」より プラハ、チェコスロヴァキア(1960年)© Josef Koudelka / Magnum Photos
今回の出品作のうち3分の1近くを占める「ジプシーズ」のシリーズは、東ヨーロッパのジプシーたちの生活を捉えたドキュメンタリー。そのなかでも無意識なのか意識的なのかはわかりませんが、計算された構図が光ります。ここでは3枚の写真を横、または縦に並べて展示しているものがあります。その3枚は共通のモデルを撮ったなど、内容で分けているのではなく、視覚的な効果を狙ってのことだそう。亡命後、主にヨーロッパの各地を転々としながら撮った「エグザイルズ」でも、同じ国や事件でまとめているのではなく、「影などで画面に斜めの線が入っている」といった、画面構成上の共通点で分けていることがあります。
ジョセフ・クーデルカ 「エグザイルズ」より スペイン(1975年) © Josef Koudelka / Magnum Photos
“プラハの春”の写真で有名になった彼は、ともすれば政治的、社会的な写真家だと思われることがありますが、実際にはもっと視覚的な人間なのです。68年を振り返って彼は、「あの季節には誰もが多かれ少なかれ政治的にならざるを得なかった」と言っています。確かに冷戦が激化していた当時、チェコスロバキアだけでなくヨーロッパでもアメリカでも日本でも、あらゆる人々が何らかの形で革命や闘争に関わることになっていました。
会場の最後には最新作「カオス」が並びます。古代の遺跡やうち捨てられて廃墟となった建物などをパノラマのフォーマットで撮ったシリーズです。ここには人間は一人も写っておらず、ただ人間の営みの痕跡だけが残っています。「カオス」の写真にも3枚一組になっているものがありますが、その3枚にも特に強い関連性があるわけではなく、視覚的効果から選ばれているようです。しかし、見る者はどの組み合わせにも何かのストーリーを読み取ってしまいます。彼の写真の視覚的な強さが、風景や人の記憶に眠る物語を呼び覚ますのかもしれません。
「ジョセフ・クーデルカ展」は2014年1月13日まで、東京国立近代美術館で開催されます。
Text : Naoko Aono