ウィラード大尉はアメリカ海軍の河川哨戒艇に乗り込み、カーツ大佐の「王国」を目指す。ベレー帽がキマッている。
映画『地獄の黙示録』は、さきに紹介した『オン・ザ・ロード』をプロデュースする30数年前、フランシス・フォード・コッポラが命がけで作った究極のロードムービーである。
『パットン大戦車軍団』(1970)『ゴッドファーザー』(1972)『華麗なるギャツビー』(1974) を手がけたフランシス・フォード・コッポラと、『ダーティハリー』(1971)『デリンジャー』(1973)『ビッグ・ウェンズデー』(1979) を手がけたジョン・ミリアスの共同脚本による本作品、原作はジョゼフ・コンラッド『闇の奥』。フランシス・フォード・コッポラ監督は、サマーセット・モームが選んだ「世界の十大小説」にも選ばれた古典的英文学を見事なまでに換骨奪胎。ベトナム戦争の狂気をテーマに、真に野心的なエピック・フィルムを作り上げた。
物語は、ベトナム戦争末期、カンボジアのジャングルの中に「独立王国」を築いたカーツ大佐(マーロン・ブランド)という謎の人物の暗殺指令を受ける──CIAのあまたの秘密作戦に参加してきた古参兵である──ウィラード大尉(マーティン・シーン)の目線で描かれる。米海軍の河川哨戒艇に乗り込んだ彼は、若い乗組員に目的地を知らせぬまま、大河を遡上してカーツ王国に近づく。カーツに関する極秘資料を読みながら、彼の思想を読み取ろうとするウィラードは同時に、ベトナム各地で繰り広げられる「戦争の狂気」をまるで連続紙芝居のように目の当たりにする。その狂気こそがウィラードを含む哨戒艇乗組員たちにとって「通過儀礼」となる。若い乗組員たちは麻薬に溺れ、やがて正気を失っていく。ウィラード自身もじきに心の平衡を保てなくなる。カーツ王国にやっとたどり着いたウィラードはカーツに対面。一度は監禁されるが、改めて自由を与えられるや、カーツ暗殺計画を決行する。そうして原作どおりに、「テラー、テラー」という言葉を遺してカーツ大佐は息絶えるのだ。
もちろん原作『闇の奥』に登場する“クルツ”のモデルとは、19世紀に中央アフリカのコンゴ川一帯に広大な「私有地」を所有してコンゴ自由国(のちにベルギー領コンゴ)を建国、現地住民から過酷な搾取政策をとったベルギー国王レオポルド2世のことである。表題にある“闇の奥”とは、人間の心の闇、西欧文明の闇を含羞していると考えられる。このカーツ大佐の最期のセリフが、堕落した自分、堕落した西欧文明ともいくとおりにも解釈でき、この映画はストーリー的に難解さを極めるのだ。おまけにコッポラ監督が映画化にあたり、T・S・エリオットの詩「虐げられた人々」や「荒地」、ジェームズ・フレーザーの詩「金糸篇」といった数々のモチーフを盛り込み、黙示録的かつ神話的なイメージであふれかえらせたから、この「あるようでないようなストーリー」に世界中の映画評論家からも賛否両論が噴出した。
しかし、「戦争の狂気」をテーマとして視覚的に美しく描いていて、この映画にはウィラードの見た世界として(ハレとケでいう)「ハレ(非日常)」が充満している。ヘリコプターの羽音にかぶさるようにしてザ・ドアーズ「ジ・エンド」が流れる映画の冒頭から、やはり「ジ・エンド」が流れて、カーツ暗殺を決行するクライマックスまで、そのハレは映画史上に残る美しさで連鎖する。
たとえばジャングルのど真ん中に突如として現れるプレイメイトのステージの描写では、本物のプレイメイトがCCR「スージーQ」の音楽に合わせて観ている兵士たちを狂乱させるというぐあい。たとえば指揮官不在で指揮系統もないなか、戦闘を続ける小隊の描写も完全に狂っている。中でももっとも深い印象を残すのは、ギルゴア中佐(ロバート・デュヴァル)率いるヘリ部隊の武装ヘリ9機が、リヒャルト・ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」をスピーカーから大音量で流しながら不気味にも河畔の村落を総攻撃してナパーム弾で焼き払う場面はこの映画のハイライトといえる。その攻撃の理由は、プロサーファーである彼の部下に、波のいいその河畔で危険の心配なく安心してサーフィンを楽しんでもらうためだった。そのシーンに先立つ「朝のナパーム弾の臭いは格別だ」というキルゴア中佐のセリフは、アメリカ映画協会(AFI)による映画史上の名台詞ベスト100中の第12位に選ばれたほど。戦争の狂気をこれほど端的に表した言葉もない。
Captain Benjamin L. Willard (Martin Sheen)
地獄の黙示録の主人公、アメリカ陸軍特殊作戦コマンドのベンジャミン・ウィラード大尉(マーティン・シーン)はサイゴンで、南ベトナム軍事援助司令部(通称MACV)上層部からの呼び出しを受けて、元グリーンベレー隊長ウォルター・カーツ大佐(マーロン・ブランド)の暗殺指令を受ける。注目すべきは、キャスト全員が着ているジャングルファティーグ(戦闘服)で、このウィラードが着ているタイガーカモの迷彩服が特殊部隊の一員であることを示している。一方、命令する側としてチラッと出てくるルーカス大佐(ハリソン・フォード)は胸ダーツを入れてマスタマイズして事務方の洒落者っぽくしていたり、カーツ大佐のは失踪した年代に合わせて初期型だったりと、ジャングルファティーグだけでディテール満載!
「地獄の黙示録」ブルーレイ発売中:1,980円(税込)
発売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
(c) 1979 Omni Zoetrope. All Rights Reserved.
Cavalry charge
中央に見えるのがアメリカ陸軍武装ヘリ部隊司令官、騎兵隊のハットと黄色いスカーフが目印のビル・キルゴア中佐(ロバート・デュヴァル)。迅速な機動力を持つ彼の部隊は現代の騎兵隊なのだ。彼の「朝のナパーム弾の臭いは格別だ」というセリフは映画史上に残る名ゼリフ。
The Ride of Valkyries
リヒャルト・ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」が聴こえてきそうな武装ヘリ発進のシーン。
Hojohoto!
ホイホー! 武装ヘリ9機がベトナム軍の要塞を急襲し、ナパーム弾で焼き払う。ワーグナー「ワルキューレの騎行」の女声ソプラノが不気味に響きわたる。
Cruise of US PBR
哨戒艇による夜のクルーズは、戦争の中の「ハレ」を見せる。
Arrival of Playmates
ジャングルの中に突如登場するプレイメイトのセクシーな慰問ステージも、ベトナム戦争の中の「ハレ」であった。
Horror, horror!
原作「闇の奥」ではクルツ、本作のウォルター・カーツ大佐(マーロン・ブランド)は「ホラー、ホラー」という意味深な言葉を残して息絶える。
Text : Mutsuo Sato