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〈MARKAWARE〉、〈marka〉の2ブランドから生み出されるウエアには一点一点、物語が眠っています。
原料選びから紡績、製織、染色、縫製、プレス、加工に至るまで、それぞれのウエアが作られる背景や各過程を支える職人や工場、農園を紹介しながら、これから暮らしをともにする洋服により愛着を持っていただけるような情報を共有していくのが「PARKING MAGAZINE」。
アイテム1つずつに深い理解度を持って愛せる、好奇心を持った男性に贈るウェブマガジンです。

FACTORIES良質な服が生まれる場所と人。

Vol.05 カネタ織物(前編)

Vol.05 Kaneta Fabric

July 25, 2018

ブランドの服作りを支える日本の工場や職人のもとを訪ね、生産背景を紹介していくファクトリーズ。今回やってきたのは静岡県掛川市。この土地にて創業60年となる老舗織物工場「カネタ織物」を訪ね、古い織機が織りなす美しき綿織物が生まれるまでの背景を取材した。

今、新たな未来へと動き始めた、
60年の伝統を持つ織物工場の話。

静岡県の御前崎から愛知県の伊良湖岬まで約110km続く遠州灘のちょうど懐あたりに面する掛川市は、一年を通して平均気温17℃前後と温暖で過ごしやすい街。そんな穏やかな気候と自然豊かな山間の地形は、茶草の育成に最適であり緑茶の生産は日本一を誇る。ひとたび市内から山間部へと車を走らせれば段々畑で気持ちの良い茶畑の風景が広がるこの掛川市はその昔、綿花の生産においても国内有数の土地であった。そしてその綿花栽培とともに成長したのが綿織物の生産である。古くは江戸時代、この土地で織られる高品質な綿織物は“遠州縞”と呼ばれ全国にその名を轟かし、1950年代には世界でもそのクオリティーの高さが認められ、欧米への輸出が盛んとなり日本の高度経済成長を支える一端を担ったほど。そんな伝統ある織物産地にて昭和32年に創業したのが、今回取材へと訪ねた「カネタ織物」である。

JR掛川駅から遠州灘方面へと車を走らせること約20分。田園風景が広がる中に佇む瓦屋根で大きな平屋のクラシカルな工場が見えてきた。美しい山間風景とのどかな田園が望めるこの場所に工場を構えている「カネタ織物」は、織物産地として名高い掛川を代表する歴史ある工場のひとつである。そしてここは生地の原料から織り、縫製に至るまで一貫してこだわり生み出される〈マーカウエア〉のシャツを生産する上で、欠かすことのできない工場でもあることを先にお伝えしておこう。工場に到着して僕らを出迎えてくれたのは、「カネタ織物」の3代目代表の太田稔さんと、息子の充俊さん。挨拶もそこそこに昼飯時ということで近所の行きつけのお店へ。連れて行っていただいたのは「きっちん じゃぱん」という、近所で働く人や国道沿いを走るドライバーたちの憩いの場として長年愛される定食屋さん。このお店の名物メニューである厚切りポークの生姜焼きは、ご飯がモリモリすすむ癖になる甘辛な味付けで、「こんなお店が近所にあったら毎日でも通いたい!」と思うほど家庭的でホッとする味わいだった。食事を取りなが太田さんのお話を聞いていると話題は最近、工場を本格的に継ぐために戻ってきたという充俊さんのお話に。

「息子は最近まで車のディーラーとして働いていたんですが、結婚をして子供が生まれたことをきっかけに将来を真剣に考えた末、家業を継ぐために実家へと戻ってきてくれたんです。まだまだ工場を切り盛りするためには色々と教え込まなければいけないことは多いですが、親としては戻ってきてくれたのはやっぱり嬉しかったですよね」。

気恥ずかしそうに笑いながら話す太田さんの姿は、その嬉しさが滲み出ているようだった。今や多くの伝統ある工場が後継者不足に頭を抱えている中で、充俊さんの決断はまさに良質な織物作りの伝統や技術を未来へと残すための新たな希望。デザイナーしかり服作りに携わる人たちにとっても、すごく喜ばしい出来事である。そんな心温まるお話とおいしい定食ですっかりお腹も心も満たされたところで、工場へと戻り「カネタ織物」の歴史や特徴などのお話をうかがった。

メカニックの聖地だからこそ実現した
織物と技術者の理想的な関係性。

創業から今年でちょうど60年を迎えた「カネタ織物」。冒頭でもお話した通り、その開業当時はまさに高度経済成長期の真っ只中。日本有数の織物工場を数多く擁していた静岡県は、織物産業で経済を支えた重要な拠点の一つであった。現在も掛川市をはじめ、浜松市、磐田市を中心に100社以上を超える織物工場があり、多くが天龍社織物工業組合や遠州織物工業共同組合という、2つの組合に所属している。「静岡県の特産織物といえば別珍、コーデュロイ生地が有名で、国内の95%のシェアを誇っているんですが、この生地に強いのが天龍社織物工業組合。もう一方の遠州織物工業合同組合は浜松市の伝統あるシャツ生地を中心とした織物が得意です。そんな同じ県下にそれぞれ色の違った組合があるんですよ」とは太田さん。

組合の働きかけもあり織物の伝統を守りながら、今なお新たな試みにも取り組み進化を続けている静岡の織物。なぜこの土地で織物産業が盛んになったのかというと、先にもお伝えした綿花の栽培の他にも様々な理由がある。その静岡の織物産業の成り立ちについて太田さんがこのような話を聞かせてくれた。

「ここ掛川市や浜松市で織物産業が盛んになったのはまず物流の利便性がありました。ここはちょうど東京と大阪の中間地点でどちらにも出荷がしやすいというのが一つの理由。さらにその昔は海に川にと水路が充実していて活用できるというのも大きかったそうです。そしてもう一つが織機の製造やメンテナンスをできる技術者が多くいたということだと思うんです。なにせここ静岡はホンダ、ヤマハ、スズキなど日本を代表するモーターサイクル企業の本社や工場があり、開発者や技術者が豊富にいたんですよね。しかも静岡には〈エンシュウ製作所〉という100年ほど伝統のある織機のメーカーもありますしね。私自身も子供の頃から工場が遊び場でしたし、織機の大きな音を子守唄にして育ったもので、機械とは常に身近に過ごしてきました。じつは織物の生産において織機のメンテナンスはとても重要なことであり、その点においても静岡県は他の産地と比べてすごく恵まれた環境だと思います」。

静岡県が織物産地として興盛した理由について色々なお話を聞かせてくれた太田さんの工場では、今はもう作られていない古いシャトルドビー織機という機械で生地を生産しているのが最大の特徴である。この古い織機で生地を織り続けるためには、まさに機械の扱いに長けた熟練の技術者の力が必要だ。太田さんが見せてくれた創業当時からの写真がファイルされたアルバムには、そのシャトル織機で生産を行う姿が収められていた。

「私たちの工場にあるシャトルドビー機は、昭和48年のエンシュウ製作所製で、現在も22台が実働しています。これはその当時、生産効率の高い画期的な織機でしたが、今や新しい織機はこのシャトル織機の3倍ぐらいの速さで織り上げてしまいます。機械の製造も終了してすっかりレトロなものになってしまいましたが、この織機でしか織りなせない独自の風合いや表情というものがあって、大切に使い続けているんです。でもこのシャトル織機で生産を続けるには熟練した技術者によるしっかりとしたメンテナンスが必須。もはや壊れてしまったら変えのパーツもありませんから、時には廃業した工場から機械を譲ってもらって代用したり、本当に見つからない場合はパーツを自作してしまうこともあります。かなり手のかかる織機なんですよ」。

それほどメンテナンスに手間暇をかけてでも稼働させ続けるシャトルドビー織機が生み出す生地とはいったいどんなものなのだろうか?それは後半で紐解いていきます。

カネタ織物

静岡県掛川市にて昭和30年に創業。今や希少なシャトルドビー織機を用いて織られる独自の風合いと表情を持ったシャツ生地を中心とした綿織物は、〈マーカウエア〉をはじめ国内外のメゾンブランドなどで使用されており、多くのデザイナーを魅了している。

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今、新たな未来へと動き始めた、
60年の伝統を持つ織物工場の話。

静岡県の御前崎から愛知県の伊良湖岬まで約110km続く遠州灘のちょうど懐あたりに面する掛川市は、一年を通して平均気温17℃前後と温暖で過ごしやすい街。そんな穏やかな気候と自然豊かな山間の地形は、茶草の育成に最適であり緑茶の生産は日本一を誇る。ひとたび市内から山間部へと車を走らせれば段々畑で気持ちの良い茶畑の風景が広がるこの掛川市はその昔、綿花の生産においても国内有数の土地であった。そしてその綿花栽培とともに成長したのが綿織物の生産である。古くは江戸時代、この土地で織られる高品質な綿織物は“遠州縞”と呼ばれ全国にその名を轟かし、1950年代には世界でもそのクオリティーの高さが認められ、欧米への輸出が盛んとなり日本の高度経済成長を支える一端を担ったほど。そんな伝統ある織物産地にて昭和32年に創業したのが、今回取材へと訪ねた「カネタ織物」である。

JR掛川駅から遠州灘方面へと車を走らせること約20分。田園風景が広がる中に佇む瓦屋根で大きな平屋のクラシカルな工場が見えてきた。美しい山間風景とのどかな田園が望めるこの場所に工場を構えている「カネタ織物」は、織物産地として名高い掛川を代表する歴史ある工場のひとつである。そしてここは生地の原料から織り、縫製に至るまで一貫してこだわり生み出される〈マーカウエア〉のシャツを生産する上で、欠かすことのできない工場でもあることを先にお伝えしておこう。工場に到着して僕らを出迎えてくれたのは、「カネタ織物」の3代目代表の太田稔さんと、息子の充俊さん。挨拶もそこそこに昼飯時ということで近所の行きつけのお店へ。連れて行っていただいたのは「きっちん じゃぱん」という、近所で働く人や国道沿いを走るドライバーたちの憩いの場として長年愛される定食屋さん。このお店の名物メニューである厚切りポークの生姜焼きは、ご飯がモリモリすすむ癖になる甘辛な味付けで、「こんなお店が近所にあったら毎日でも通いたい!」と思うほど家庭的でホッとする味わいだった。食事を取りなが太田さんのお話を聞いていると話題は最近、工場を本格的に継ぐために戻ってきたという充俊さんのお話に。

「息子は最近まで車のディーラーとして働いていたんですが、結婚をして子供が生まれたことをきっかけに将来を真剣に考えた末、家業を継ぐために実家へと戻ってきてくれたんです。まだまだ工場を切り盛りするためには色々と教え込まなければいけないことは多いですが、親としては戻ってきてくれたのはやっぱり嬉しかったですよね」。

気恥ずかしそうに笑いながら話す太田さんの姿は、その嬉しさが滲み出ているようだった。今や多くの伝統ある工場が後継者不足に頭を抱えている中で、充俊さんの決断はまさに良質な織物作りの伝統や技術を未来へと残すための新たな希望。デザイナーしかり服作りに携わる人たちにとっても、すごく喜ばしい出来事である。そんな心温まるお話とおいしい定食ですっかりお腹も心も満たされたところで、工場へと戻り「カネタ織物」の歴史や特徴などのお話をうかがった。

メカニックの聖地だからこそ実現した
織物と技術者の理想的な関係性。

創業から今年でちょうど60年を迎えた「カネタ織物」。冒頭でもお話した通り、その開業当時はまさに高度経済成長期の真っ只中。日本有数の織物工場を数多く擁していた静岡県は、織物産業で経済を支えた重要な拠点の一つであった。現在も掛川市をはじめ、浜松市、磐田市を中心に100社以上を超える織物工場があり、多くが天龍社織物工業組合や遠州織物工業共同組合という、2つの組合に所属している。「静岡県の特産織物といえば別珍、コーデュロイ生地が有名で、国内の95%のシェアを誇っているんですが、この生地に強いのが天龍社織物工業組合。もう一方の遠州織物工業合同組合は浜松市の伝統あるシャツ生地を中心とした織物が得意です。そんな同じ県下にそれぞれ色の違った組合があるんですよ」とは太田さん。

組合の働きかけもあり織物の伝統を守りながら、今なお新たな試みにも取り組み進化を続けている静岡の織物。なぜこの土地で織物産業が盛んになったのかというと、先にもお伝えした綿花の栽培の他にも様々な理由がある。その静岡の織物産業の成り立ちについて太田さんがこのような話を聞かせてくれた。

「ここ掛川市や浜松市で織物産業が盛んになったのはまず物流の利便性がありました。ここはちょうど東京と大阪の中間地点でどちらにも出荷がしやすいというのが一つの理由。さらにその昔は海に川にと水路が充実していて活用できるというのも大きかったそうです。そしてもう一つが織機の製造やメンテナンスをできる技術者が多くいたということだと思うんです。なにせここ静岡はホンダ、ヤマハ、スズキなど日本を代表するモーターサイクル企業の本社や工場があり、開発者や技術者が豊富にいたんですよね。しかも静岡には〈エンシュウ製作所〉という100年ほど伝統のある織機のメーカーもありますしね。私自身も子供の頃から工場が遊び場でしたし、織機の大きな音を子守唄にして育ったもので、機械とは常に身近に過ごしてきました。じつは織物の生産において織機のメンテナンスはとても重要なことであり、その点においても静岡県は他の産地と比べてすごく恵まれた環境だと思います」。

静岡県が織物産地として興盛した理由について色々なお話を聞かせてくれた太田さんの工場では、今はもう作られていない古いシャトルドビー織機という機械で生地を生産しているのが最大の特徴である。この古い織機で生地を織り続けるためには、まさに機械の扱いに長けた熟練の技術者の力が必要だ。太田さんが見せてくれた創業当時からの写真がファイルされたアルバムには、そのシャトル織機で生産を行う姿が収められていた。

「私たちの工場にあるシャトルドビー機は、昭和48年のエンシュウ製作所製で、現在も22台が実働しています。これはその当時、生産効率の高い画期的な織機でしたが、今や新しい織機はこのシャトル織機の3倍ぐらいの速さで織り上げてしまいます。機械の製造も終了してすっかりレトロなものになってしまいましたが、この織機でしか織りなせない独自の風合いや表情というものがあって、大切に使い続けているんです。でもこのシャトル織機で生産を続けるには熟練した技術者によるしっかりとしたメンテナンスが必須。もはや壊れてしまったら変えのパーツもありませんから、時には廃業した工場から機械を譲ってもらって代用したり、本当に見つからない場合はパーツを自作してしまうこともあります。かなり手のかかる織機なんですよ」。

それほどメンテナンスに手間暇をかけてでも稼働させ続けるシャトルドビー織機が生み出す生地とはいったいどんなものなのだろうか?それは後半で紐解いていきます。

カネタ織物

静岡県掛川市にて昭和30年に創業。今や希少なシャトルドビー織機を用いて織られる独自の風合いと表情を持ったシャツ生地を中心とした綿織物は、〈マーカウエア〉をはじめ国内外のメゾンブランドなどで使用されており、多くのデザイナーを魅了している。

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