デザイナーの石川俊介です。
話せば長くなりますが、子供の頃からアウトドアへのあこがれを強く持っていました。小学生のときに家の近所のアウトドアショップ「好日山荘」に通ってはディスプレイされている道具をいじりまわしていました。カチャカチャと金具が音を立てる音、新品のバックパックの化繊の香り、ベリっと剥がれるマジックテープの感触が、五感に鮮烈に焼き付いています。
当時は小学校の4年生か5年生だったでしょうか。子供のお小遣いでは本格的な道具は買えないんですが、金属の手触りとカチャカチャと動くギミックに惹かれて、使う予定もないのに小さな金具だけを買ってきていじったりしていました。
私自身の洋服との向き合い方のひとつに、洋服は生活のための「道具」である、というテーマがあります。たかが「道具」なのですが、それは着る人の心持ちを高めてくれる「存在感のある」ものになったときに価値を持つ。私は、そういう洋服を作りたいという思いがあります。そして、存在感のある洋服というものは如何にして作ることができるのか、それがここ数シーズンの間、特に強く考えていることでもあります。
そうした「道具」への憧憬の念というのは、さかのぼってみれば子供の頃に訪れたアウトドアショップにあったのかもしれません。今でも生地の工場にある織り機や、洋服作りのための道具が好きですし。
道具というのは目的と用途がはっきりしているもので、デザインの一つ一つになぜその形なのかという理由があるわけです。ですから、なにかの道具に興味があるときには、それが使われるシーンへの興味も同時にわきおこるわけです。
小学生の頃の話に時計の針を戻せば、アウトドアへの興味から、子供ながらに『遊歩大全』も読んだことを思い出します。コリン・フレッチャーという人が1974年に書いた本で、バックパッキングをする人にとってのバイブルです。昨年末に復刻されましたね。その本には、必要な装備のリスト、モノの吟味のやり方、山に分け入るときの心構えなど、テクニックから精神論までいろいろな事が書いてあるんですが、その中でも印象に残っている言葉があります。
「ときどき、ここは誰もまだ足を踏み入れたことがないと思う場所に入ることがある。その感覚が忘れられず、いまでも歩いている」
こうした思いで山野を行くバックパッカーの聖地として有名なのがヨセミテです。長距離のトレッキングコースや世界中のクライマーを惹きつける巨大な岩壁。
次のシーズンへのテーマと繋がるところもあり、洋服作りのための視察としてどこかへ行かなければいけないということになったとき、ヨセミテなら何かが見つかるのではないか、そうした思いで視察に行ってきたというわけです。
Photo: Shunsuke Ishikawa
Text: Tsuzumi Aoyama