アメリカ西海岸から東海岸へ、これまで3都市を巡ってきた視察旅行も、いよいよ最終の目的地であるボストンに向かいます。ボストンは学生時代に1年間だけ過ごした思い出の場所。当時はここからメイン、ニューハンプシャーなどのニューイングランド各州や、長距離バスのグレイハウンドを使ってニューヨークに出かけたものです。今回のボストン行きはアムトラックを使っての電車移動だったので、学生時代よりは楽に移動できました。ただボストンに行った日がちょうどサンクスギビングデーであったためほとんどの店は閉まっており、分かっていたことですがボストンの街も閑散としていました。
でも今回ここを訪れた目的は市街地観光では無く、車で西に30分ほど走ったコンコード近くにある湖を見に行くことでした。ニューイングランド地方には多くの湖があり、特にL.L.BEANのあるメイン州まで行けば多くの美しい湖を見ることができます。しかし、それほど特徴の無い小さな湖をわざわざ見に来たのには訳があります。その湖の名前はWALDEN。邦題「森の生活」として知られるヘンリー・デイビッド・ソローの『Walden; or, Life in the Woods』のウォールデン湖です。彼の暮らした環境と再現された小屋を見たくてやってきました。
ここからは旅の記録だけでなく洋服について考えたことも記していきます。
春夏のコレクションは、自然のなかに歩みを進めた知的な人々をイメージし、「ワンダーフォーゲル」というテーマで展開しました。そして、2013年の秋冬に向けた洋服の提案を考えたとき、今の自分は前回のコレクションの延長線上にしか興味がわかないなと感じました。見る物触れる物がすべて人工物である東京で年間300日以上は過ごし、自然の中で過ごすことへの欲求が日増しに強くなってきているのを感じるのです。
二十歳過ぎから20年仕事一筋で過ごしてきた今、ひょっとすると数年前からかもしれませんが、生活そのものを楽しみたいという思いが心のなかで年々強くなってきました。そこで、まずは東京での生活から変化をさせて身の回りのことへのこだわりを高めてみたのですが、それでは満足できませんでした。そこで約2年ほど前から、山の中に居を構えて都市と山を半々で生活する準備をはじめたのです。
すでに拠点は確保しました。改装はまだまだこれからですが、家には自分たちでペンキを塗りました。荒れてしまっていた庭をスコップで掘り、ラベンダーやロシアンオリーブを植えて雰囲気を整えました。生い茂った枝も払ったので日当たりも良くなりました。レジャーや観光として一時的に自然の中に入るというところから一歩踏み出し、生活の場そのものを自然の中においてみる試みがスタートしています。
街から自然のなかに居を移し、ひとり思索を繰り広げた人物として、19世紀のアメリカの思想家であるH.D.ソローは多くの人が思い浮かべると思います。そこで、次回はいよいよコレクションテーマとソローとのつながりについて掘り下げていこうと思います。
Photo & Text : Shunsuke Ishikawa