007映画の「戦闘服」であるスーツはどうして生まれたのか。
最新作『007/スカイフォール』でも、冒頭部分で戦闘したライトグレーのスーツを着たジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、洋服の乱れを直し、とくに袖口のダブルカフスを直して場面から退出する。この何気ないしぐさこそ男のダンディズムの極致であり、これは007映画に綿々と継承されてきたものだ。
この007映画の原型は、アルフレッド・ヒッチコック監督のスパイ・スリラー『北北西に進路を取れ』(1959年) といわれる。
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この物語は、ヒッチコック監督お得意の「巻き込まれ型サスペンス」の典型で、主人公ロジャー・ソーンヒル (ケイリー・グラント)はニューヨーク・マディソン街にある広告会社の重役で、プラザホテルでの会合の途中、ジョナサン・キャプランというスパイに間違われ、敵からも警察からも追われるはめになる。それ以降彼は、ニューヨーク、特急20世紀号、シカゴ、大平原の中のトウモロコシ畑と、ずっと着の身着のまま。つまりは一張羅状態で映画のほぼ3/4を、同じスーツを着ていることになるから、作劇的にグーンとおもしろくなる。
ロジャーは相当なシャレ者らしく、その高級感ただようスーツはロンドン・サヴィルローのテイラー〈キルガー・フレンチ&スタンバリー〉製という設定になっている。ノーベントになったミディアムグレイのツーピース3つ釦スーツに、白いドレスシャツ、同系色であるシルバーグレイのソリッドタイプのネクタイを合わせるというものだった (のちに『コラテラル』でトム・クルーズが同じスーツを着ていた) 。おまけに彼は、自分のイニシャル「R・O・T」と刺繍した白い絹のハンカチーフを持っていた。
有名な、トウモロコシ畑で農薬散布用複葉機に襲われるシーンでも、主人公はきっちりとライトグレーのスーツを着こなしている。敵のせいで農薬が撒かれて洋服が少し白くなるが、彼は必死の形相で逃げ惑う。そのスーツ姿が実にカッコいい。この時間帯が夜ではなく、白昼堂々なのがいかにもヒッチコック監督らしい。真昼間に、観客を恐怖におののかせる演出である。
スーツを戦闘服として描く。そこに目をつけたのが、3年後に『007/ドクター・ノオ』(1962年) を監督するテレンス・ヤングだ。お誂え向きに、ジェームズ・ボンドは英国諜報部MI6のエージェントで、〈ユニヴァーサル貿易〉という商社のサラリーマンを隠れ蓑にしていているから、スーツこそが彼の仕事着になっている。初代ジェームズ・ボンドがショーン・コネリーに決まると、ヤング監督は自分が御用達にしていたロンドン・サヴィルローのテイラー〈アントニー・シンクレア〉に彼を連れて行ったという。
このスーツは、伝統的な英国スーツとは一線を画し、アメリカのトラッドスーツを吸収・解釈した上で、当時としては最新のモデリングと最新技術が盛り込まれたもので、「格闘という激しい運動をしても着崩れしない強さと復元力」があった。たとえば、『007/ロシアより愛をこめて』で、ショーン・コネリーがロバート・ショーとオリエント急行のコンパートメントで格闘した際も、そのスーツはびくともしなかった。1960年代に大流行したこうしたミニマムなデザインの「ボンドスーツ」のことを、オフ・サヴィルロー (サヴィルローのはずれ) のコンジット通りにあったことから、「コンジット・カット」という。当時30代になったばかりでスーツを着る生活習慣がなかったコネリーは、撮影前に寝間着代わりにスーツを着て寝て、身体にフィットさせる努力をしたという嘘のようなホントの話も残っている。
初代ボンド、ショーン・コネリーは、『007/ドクター・ノオ』ではジャマイカへ、『007/ロシアより愛をこめて』ではトルコ・イスタンブールへ、『007/ゴールドフィンガー』ではスイスやアメリカ・ケンタッキーへ、と世界を股にかける「旅人」でもある。彼の荷物はスーツケースひとつと、アタッシュケースのみだ。スーツケースの中に入っているのはスーツ2着ぐらいのもの。カジノに行く場合に備え、タキシードはあるだろうが、あとはセーターと白いシャツと、下着や靴下ぐらいだろう。彼のスーツの好みはミディアムグレイかネイビー。この最小限度に絞ったミニマムかつアンダーステートメントなワードローブが、ジェームズ・ボンドのダンディズムの秘訣だ。
007映画は、現代アクションヒーローの手本になっている。しかし、衣装的に見ると、シルヴェスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーやブルース・ウィリスにスーツは似合わない。マッチョな肉体にはタンクトップが似合う。また、スーパースパイだとしても、トム・クルーズ演じるイーサン・ハントも、マット・デイモン演じるジェーソン・ボーンも、彼らの仕事着は動きやすいTシャツのほうが似つかわしい。つまり、すべてのアクションスターはジェームズ・ボンドの亜流にしか見えないのだ。
スーツにはある程度の胸板の厚さが必要で、スーツ自体にゆったりとしたドレープ感があり、真にカッコよく見えたジェームズ・ボンドは、前述のショーン・コネリーと、イタリアの〈ブリオーニ〉を着たピアース・ブロスナンと、アメリカの〈トム・フォード〉を着たダニエル・クレイグぐらいだろう。
他の映画ではそう、スティーヴ・マックィーンが大泥棒を演じたノーマン・ジュイソン監督のサスペンス『華麗なる賭け』(1968年) の、イタリア〈ブリオーニ〉製といわれるグレイやネイビーのスリーピース・ファッション (これは別の機会に詳しく述べる) はシビレるほどカッコよかった。ショーン・コネリー、スティーヴ・マックィーン以後、スーツが似合う俳優が本当に少なくなった。
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Text : Mutsuo Sato