年明け、PARKING COFFEE × CACAO WORKSではコーヒー豆を買うお客様のご来店が多かったそうです。
年末、年始でコーヒーショップがお休みの間に、自宅用の豆を使いきってしまったのでしょうか。または、来客をおもてなしするためにコーヒーを淹れたり、仕事始め、オフからオンへの切り替えのためにコーヒーが飲みたかった? コーヒーをきっかけに、さまざまな方のさまざまな生活が思い起こされます。コーヒーは喉を潤す飲料であるだけでなく、僕らの日常生活に小さなストーリーを刻むものだから。
お気に入りの洋服のように、使い込んで手に馴染んだ食器のように、いい感じに味が出てきたソファーのように。暮らしの中にあるコーヒーは、吟味され、しっかりと選ばれるべきです。そしてコーヒーの作り手(または送り手)もまた、生活を彩るコーヒーを提案すべく試行錯誤を繰り返しています。
PARKING COFFEE × CACAO WORKSでもオリジナルのローストによるブレンドを提案していることはご存知でしょうか? 名づけて「MOVING CLOUD」。コーヒーの名前としては少し不思議な趣きも。でもこのネーミングにはきちんと理由があるんです。
コンセプチュアルに作られたこのオリジナルブレンドについて、PARKING COFFEEロースティング・ディレクターの村井達哉に話を聞きました。
—— まず、シングルオリジンのスペシャルティーコーヒーが注目されているなかで、あえてブレンドをフィーチャーする理由はなんですか?
村井:産地の個性がコーヒーの味につながるシングルオリジンのスペシャルティーコーヒーですが、さまざまなコーヒーを飲み比べていく楽しさ、浅煎りを中心にフルーティーな酸を味わうという体験を、目新しいものとしてみなさん面白がっていたのではないでしょうか。もちろん良いコーヒーは美味しいですし五感を楽しませてくれるので、ぜひみなさん続けて楽しんでいただけたらと思います。その一方で、種類の違うコーヒーをブレンドして何かを表現するという、コーヒーの以前からの文脈にも面白みがあるんですよ、ということをしっかり伝えたいなと考えています。
—— シングルオリジンもいいけれど、ブレンドも面白いよ、と。
村井:どちらが良いとか優れているといった次元ではないですからね。シングルオリジンは豆のキャラクターを楽しむ。ブレンドはロースターやショップの個性を表現するもの。とくに僕自身の哲学でいえば、ブレンドでは味のバランスを整えることよりも面白みを感じられることを重視しているので、こういうブレンドがあっても面白いんじゃないでしょうかという提案でもあります。もうひとつ言えば、例えばエチオピアのグジというシングルオリジンのコーヒーがあります。フルーティーで明るい酸味があることで人気の豆です。その味を求めて久しぶりに飲んでみようかなと豆を買ってくると、実は味わいが違っていたりする。ロットごとに微妙な変化があるものなんですよね。でも、その味が変わった理由は、自分の体調の違いなのか、それともコーヒー豆の特性が変化した結果なのか、非常にわかりにくい。
—— その点、ブレンドならば安定した味を提供し続けることができるのでしょうか。
村井:シングルオリジンの場合、ロット違いによって味が変わってしまうとどうしようもないですからね。豆のキャラクターが鮮やかであることが裏目に出る。ブレンドでもまったく同一の豆だけでいつまでも続けることはできないので、ひとつのブレンドを長く継続していけば味は変わります。ただし、そのカップが与えるコーヒーとしての印象を同じものにすることはできる。洋服でもそうですよね。ブランドのデザインが一定のコンセプト(と、表面化しないが厳密で細やかないくつものルール)で成り立っているように、コーヒーのブレンドを作っていくのが僕の考え方です。もちろん「味」を優先させたブレンドを作ってもいいなと思ってはいますが、「MOVING CLOUD」については違っていて、あくまでもデザインが優先です。
—— では、MOVING CLOUDの場合の「一定のコンセプト」とは?
村井:まさに「流れる雲」のイメージです。毎日の生活のなかで、空を見るときというのは心に余裕があるときですよね。その時、空に浮かんでいる雲はいつも表情が違う。それは天気のせいだったり風の流れのせいだったり、あとは自分の心のありようだったり。そういうものが写っているようなコーヒーを作りたいと持ったんです。
—— 具体的な味の特性は?
村井:基本的なコンセプトとしてはチョコレートとかローストナッツというものをキーにしています。ブラジルのパルプドナチュラルのものをベースにしながら、ホンジュラスのサロモン・ベニテスをブレンドしています。このサロモン・ベニテスは完熟のフルーツのような妖艶な魅力があってすごくチャーミングな豆で、口当たりの柔らかさや滑らかさも良いものを持っています。これにさらにパナマの豆も関わっているというところですね。
—— ご自身で飲んでみた印象はいかがでしたか。
村井:いろいろな要素が中に入っていて、そのときの自分の感覚によって入ってくるものが違う。だから繰り返し飲んでも飽きない。一杯目と二杯目でも味が違うし、温度の変化でももちろん変わってくる。とても面白いコーヒーができました。本当に良いもの、美味しいものってどういうものなんだろうな、と考えてみると分かるんですが、口に含んだときにドカンと味が出てくるものはクオリティじゃなくてボリュームなんですよね。でもボリュームというのは大きければ大きいほどディテールが消えてしまう。余韻とか、踏み込んだところに潜ませているもの、それを同居させていくにはバランスを取る必要があります。MOVING CLOUDについて言えば、豆ごとに違うやり方でローストをしながら細かい調整をおこないました。
村井:最初はローストナッツや香ばしさを感じ、口当たりの滑らかさも心地良く感じるでしょう。最後のほうに果実味がけっこう出てくると思います。そしてこれが緩やかに余韻を残しながら消えていく。どこかが極端に突出していては、他の部分をわかりにくくしてしまいますし、かといって全体がモヤっとしていてもダメ。3Dで構成される味わいの立体感に、時間軸での変化を加えた4Dで描かれるブレンドがMOVING CLOUDです。
—— 非常に繊細で、複雑に作りこまれたブレンドなのだなという印象です。
村井:自分らしさを取り戻したいときに飲んで欲しいコーヒーですね。ちょっと仕事が詰まっていて、一息つきたいな、肩の力を抜きたいなというときに飲んでいただくのがいいんじゃないかと。午後のブレイクタイムにいいかもしれませんね。もしおやつも一緒にということでしたら、生クリームを使ったものよりも砂糖がしっかり効いた焼き菓子系が合うと思います。あっ、飲むなら、淹れたばかりのタイミングよりも1分〜2分おいてからのほうが深い味わいを堪能できるかもしれません。お店で飲んでいただくのももちろんですが、ご自宅においていただくのにオススメのブレンドです。
Photo and Text : Tsuzumi Aoyama