人間の生命の大事さを思い知る映画を2本紹介したいと思う。1本はポール・グリーングラス監督の『キャプテン・フィリップス』、もう1本はアルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』だ。
どちらも主演のトム・ハンクス、サンドラ・ブロックの演技に唸った。もはや来年のオスカーはこのふたりに決まったようなものだ。トム・ハンクスは3度目、サンドラ・ブロックは2度目の受賞だが (それが最大のネックなのだが)。
『キャプテン・フィリップス (原題: Captain Philips)』は、2009年に起こったソマリア海域人質事件の実話に基づく、スリリングで胸を揺さぶるドラマ。コンテナ船の乗組員20名を救ったフィリップス船長の勇気と決断と苦闘をリアルな語り口で描く。
2009年4月、リチャード・フィリップス船長 (トム・ハンクス) が舵を取る貨物船「マースク・アラバマ」号はケニア (アデン湾~ケニア・モンバサ) に向かって援助物資を運んでいる途中、ソマリア沖で武装したソマリアの海賊たちに襲撃され、ハイジャックされてしまう。クルー20名を解放するため自ら人質になることを申し出たフィリップス船長は、海賊たちと救命ボートに乗り込み、誰ひとり味方のない極限下で海賊たちを相手に丁々発止の駆け引きを繰り広げる。
監督はポール・グリーングラス。『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』の2本でアクション映画のフォーマットを一新してしまった革命児だが、同時に社会情勢を見すえた硬質な社会派監督としても知られている。9・11事件の実話に基づく『ユナイテッド93』や、イラク戦争の大量破壊兵器捏造問題に深く切り込んだ『グリーン・ゾーン』など、つねに世間を震撼させてきた。その点、海賊行為は許されないものだが、グリーングラスは海賊たちの悲惨な状況も場面に盛り込んでいる。彼らは内戦に苦しみ、武装組織が村を牛耳っているため、貧困な毎日から脱却するためにお金を稼がないといけないのだ。ガリガリに痩せた彼らがなぜ海賊行為をしなければならなかったのか、社会の歪みも抉り出すというわけだ。
船舶会社に就職し、実直に勤め上げることで船長まで上り詰めたトム・ハンクス演じるフィリップスは、いうなればなんの特殊能力も持たないわれわれ庶民の代表だ。しかし洋上で過ごした長年の経験が、緊急事態にフィリップスから卓越したリーダーシップを引き出す。突然の海賊の襲撃に対して、非常時のマニュアルを的確に応用し放水などの手段を講じて一度は撃退。そして武装した海賊にハイジャックされた後もほかのクルーを船内に潜伏させて、自らがもっとも危険な矢面に立って人質になるなど、勇気と忍耐をフル活用して臨機応変にできる限りの手を打っている。理想の上司なのだ。
トム・ハンクスといえば、『ビッグ』の大人の身体になってしまった少年、『フィラデルフィア』のゲイの弁護士、『フォレスト・ガンプ/一期一会』の波瀾万丈の人生を駆け抜ける聖なる愚者など、数々の名作に出演してきたハリウッドきっての名優である。作品選びにも定評ある彼が、これほど追い詰められて感情をさらけ出すのは無人島に漂着した孤独を描いた2000年の『キャスト・アウェイ』以来だ。4日間人質になり拘束され、精神的にも追い詰められるラストのエモーションは数あるトム・ハンクス作品でも屈指のものだ。
リチャード・フィリップスはマサチューセッツ州ボストン生まれで、ハンクスとはほぼ同い年だが、全編ボストン訛りの英語でがんばっている(『ミスティックリバー』や『ディパーテッド』などでおなじみだね)。
映画的といえば、正義の鉄槌のごとく、ラストで犯人グループ4人はたった3発の銃弾で仕留められる。ところが、いろんな資料を読むと彼らはなんと19発もの弾丸で蜂の巣にされたのが本当のところのようだ。そんな具合に映画的であるために、省略するところは心いいまでに省かれている。それゆえ、映画として完成した作品は非の打ち所がない出来栄えなのだ。とにかく、トム・ハンクスだけを見つめているだけで、胸は踊るのだ。こんな映画は滅多にない。
一方の『ゼロ・グラビティ』(原題: Gravity) はSF宇宙漂流映画だ。漂流といっても、地球上空60万キロ、空気もない、気圧もない、酸素もない、一寸先は闇の極限状況。まさに手に汗握るスリリングな場面が90分間もつづくのだ。だから、どうか2Dではなく、3DまたはIMAXで観ることをオススメする。
医療技師を務めるライアン・ストーン博士 (サンドラ・ブロック) は、スペースミッションに初めて参加した。ライアンは船長を務めるマット・コワルスキー (ジョージ・クルーニー) に連れられ宇宙遊泳をするが、その最中に宇宙ゴミがシャトルに衝突しシャトルは壊される。そのため、2人は宇宙に取り残されてしまうのだった。
思いっきりネタバレ的なことを書くと、主演のサンドラ・ブロックの共演者は約40分で“退場”してしまうので、ほとんどがひとり芝居なのだ。吐息やため息が増幅される。この恐怖はぜひ耳の聴覚を全きにして、ご堪能いただきたい。
いまぼくが世界でいちばん好きなカメラマン、エマニュエル・ルベツキがここでも豪腕ぶりを発揮する (撮影賞ノミネートは間違いないだろう、5度目のノミネートで初受賞するかもね)。サンドラ・ブロックの肌の肌理の細かさに仰天してしまった。宇宙服を脱ぐと、『エイリアン』のシガニー・ウィーヴァーよろしく、タンクトップとパンティ姿なのだ。なぜに戦う女性はかくも美しいのか。
こちらもサンドラ・ブロックのオスカー・ノミネートは間違いないところだが、こんな女優冥利につきる仕事が舞い込んで、本当に幸せ者だ。この企画の脚本は、アルフォンソ・キュアロンと、彼の息子ホナス・キュアロンが共同で執筆。当初は、ユニバーサル・ピクチャーズで数年に渡って企画が進められていたが、やがてスタジオはターンアラウンド(他のスタジオへの売り出し)状態に置いた。そしてワーナー・ブラザーズがプロジェクトを購入し、2010年2月に『ウォンテッド』の続編への出演を拒否した「アンジェリーナ・ジョリー」に接近。同月後半、ジョリーは出演料の問題とボスニア戦争を描いた映画『最愛の大地』を監督する予定があったためにプロジェクトを降板。3月、ロバート・ダウニー・Jrを男主役とするために交渉に入った。2010年半ば、「マリオン・コティヤール」が女主役としてのスクリーンテストを受けた。2010年8月には「スカーレット・ヨハンソン」と「ブレイク・ライヴリー」の可能性が高くなった。そして9月、キュアロンは『ブラック・スワン』の主役である「ナタリー・ポートマン」を、スクリーンテストを受けさせずに起用させることに関してワーナー・ブラザーズの承認を得た。ポートマンがスケジュールの都合によりプロジェクトを去ると、ワーナー・ブラザーズはやっと「サンドラ・ブロック」に接近した。2010年11月、ダウニー・Jrは当時ショーン・レヴィが監督しようとしていた『How to Talk to Girls』に出演するため、プロジェクトを降板した。翌12月、ブロックが主演契約を交わし、ダウニー・Jrが演じる予定だった役はジョージ・クルーニーに替わった。
こんなに紆余曲折があっても作品には大感動。アルフォンソ・キュアロンといえば、ロードムービー『天国の口、終りの楽園。』やSF映画『トゥモロー・ワールド』で楽しませたメキシコの才能だが、まったく毛色の違う作品ですげェ映画をこしらえたもんだ。
『キャプテン・フィリップス』
11月29日(金)より、新宿ピカデリー他全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(C)2013 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
『ゼロ・グラビティ』
12月13日(金)より、全国ロードショー
配給: ワーナー・ブラザース映画
(c)2013 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.