自宅でハンドドリップでコーヒーを淹れていると、ちょっとしたことで味が変化することに気がつきます。
豆の量が数グラム違うだけで味が濃くなりすぎたり、蒸らしの時間がほんの少し長くなっただけでエグみが出てしまったり、あるいは蒸らしが足りなくて充分にコーヒーの味を出せなかったり。とても繊細な作業です。もちろんそれだけに「次は美味しく淹れてやるぞ」という気持ちにもなり、コーヒーに集中するひとときが特別な時間になる所以でもあるのですが。
お湯を注ぐときにも注意は必要です。曰く、中心の500円玉程度の大きさの範囲の中に、そっとお湯を注ぎ入れていかなければなりません。曰く、フィルターの外側に近い「壁」の部分にお湯をかけて崩してしまってはいけません。コーヒーの粉から自然に、無駄なく最大の効率でうまみを引き出すには丁寧すぎるくらい丁寧に作業しなければいけません。少しでもミスをすれば過抽出のエグいコーヒー、またはスカスカの味わいの残念なコーヒーの出来上がりです。途中でドリッパーを揺らすなんてもってのほか。お湯の中で粉が暴れてイヤな味わいがでてしまうに違いありません。
息を殺すように、そっと給湯。おかしなところにお湯を落とさないように、手先に全神経を集中させて。ドリップコーヒーを突き詰めようとしたときに、このような「コーヒー道」的な方向を考えてしまう人もいるかもしれません。
ところが、ところ変われば常識も変わります。海外のコーヒーショップでは一般的に行われているステア(豆をかき混ぜる)式のポアオーバーの動画をご紹介しましょう。
たとえばテネシーのチャタヌーガ・コーヒーカンパニー。抽出前の大事な手順である「蒸らし」の工程で、お湯を注いだドリッパーにスプーンを突っ込み、ちょいちょいっとかき回しています。
見たところ、蒸らしのためのお湯を最小に留めようとしているようです。豆に行き渡るだけのお湯を注ぎ、スプーンで全体をしっとりと湿らせる。そっと豆を混ぜていく手つきは丁寧です。小さい一穴のドリッパーを使っていること、抽出のお湯を多めに注いでいくあたりの手順とのバランスで、よりコーヒーの味わいを濃く抽出しようとしている意図が見てとれます。
続いて、インテリジェンシアコーヒー。こちらのメソッドはもっと大胆。蒸らしのためのお湯を注ぎながら、スプーンでざぶざぶと攪拌しています。
そして、豆が膨らみきるのを待ち、タイミングを見計らって給湯を開始。ドリッパーのふちいっぱいまで一気にお湯を注ぎ、もう一度スプーンでひとまわし。とてもその味わいが気になる、独特の手法です。
気になったときは、まず実験です。PARKING COFFEE×CACAO WORKSのバリスタに協力してもらい、同じやり方を試してテイスティングを行いました。試みたのは“蒸らしでステア”、“一投目を注いでからステア”の2パターン。
エグみが出てしまって飲みにくくなるのかな、と予想していましたが、思いのほかイヤな味わいは少ない印象。通常の手順で抽出したコーヒーと飲み比べると、アフターテイストにやや強いものを感じましたが、飲みにくい!と感じるほどのものではありませんでした。
豆の鮮度、挽き具合、湯温、ドリッパーの形状など、さまざまな要素が複雑に絡み合うのがコーヒーの味わいの面白いところ。特に海外と日本では空気も水も違うので、まったく同じような変化はしないかもしれません。また、エアロプレスの手順ではお湯を注いでまずステアを行うことを考慮すれば、蒸らしでステアを行ったからといってイコール過抽出とは言い切れず、その後の工程次第で味のコントロールが可能なのかも。
いずれにしても奥深いコーヒーの世界。絶対的に正しいやり方というのはなく、好奇心を持ってさまざまな手法に挑戦していくことも、コーヒーを楽しんでいくことのひとつと言えるでしょう。
Photo & Text : Tsuzumi Aoyama