いまのコーヒーを語るときに必ず触れられるキーワード「サードウェーブ」。生産者までのトレーサビリティを確保され一定の尺度で評価されたスペシャルティーコーヒーを取り扱う、インディペンデントなコーヒーショップを中心とするムーブメントです。専門誌や雑誌のコーヒー特集などでは紹介されているものの、まだまだ目に触れることの少ないこれらのコーヒーショップを実際に訪れ、今のリアルなコーヒーカルチャーに迫ります。第1回目は、東京・参宮橋の「Paddlers Coffee」ポートランド発祥、サードウェーブの火付け役としても有名なStumptown Coffee Roastersから日本で唯一コーヒー豆を仕入れているこのお店。どういうコンセプトでコーヒーを扱っているのでしょうか。美味しいコーヒーをいただきながらオーナーの松島大介さんにお話を伺いました。
― まず、「Paddlers Coffee」のコンセプトを教えてください。
松島:良いコーヒーをお出しすることを第一に、そしてあくまでも街のお豆腐屋さんのように人の当たり前の生活のなかに自然に入っている、そんなコーヒーショップを目指しています。良いものです、特別なコーヒーなんです、ということを自分たちから声高には言いません。もちろん知りたい人には説明しますが、産地がどうとかCOEとか、そういうコトはよく知らないけどこのコーヒーは美味しいですね、という感じでもっと広がっていけばいいなと思っています。
― オープンしたのが今年の4月4日と伺っています。
松島:レストラン「LIFEson」のオーナーさんのご好意で場所をお借りして、お店を始めることができました。徐々にですが常連さんのように繰り返し来ていただく方も増えてきました。実はオープンしたばかりのときは不安だったんです。充分に告知もできていなかったし。でも同業者の方がとても好意的に反応してくださって、周りのコーヒーショップの方が「参宮橋のPaddlers Coffeeに行くといいですよ」とお客さんに紹介してくれていたんです。それは本当に嬉しいですね。
―オープンが朝の8時ととても早い時間ですよね。
松島:朝からやっているコーヒーショップが少ないなと感じていたんです。空いていてもチェーン展開のお店だったりしますよね。Paddlers Coffeeは朝の8時からオープンしていて、隣にはパン屋さんもあるので、会社に行く方に出勤前に朝ごはんを食べていってもらったり、コーヒーだけ飲んでゆっくりしてもらえればいいなと。イタリアンレストランも同じ場所にあるので、イタリアンでランチを食べてもらって食後にStumptown Coffeeの豆でコーヒーを飲んでもらうという楽しみ方もしていただけますよ。
― Stumptown Coffeeのコーヒー豆を取り扱っている日本唯一のお店としても有名ですよね。
松島:本来、Stumptown Coffeeではクオリティーコントロールの観点から海外には輸出を行っていないんですが、僕の場合は10代の頃にポートランドに住んでいたこともあり、特別に卸してもらっています。高校生の時の友達がStumptownで働いていて“ダイスケはこういうヤツだから”と説明してくれていたのも後押しになりました。それでも最初2回は断られたんですけどね。あとはタイミングとしかいいようがありませんが、やはり僕がポートランドのことをよく分かっているということがあってのことだと思います。
― ポートランドのStumptown Coffeeで感じたことはPaddlers Coffeeにも生かされていますか?
松島:それはありますね。15歳から21歳までいましたが、その間にコーヒーに出会っていますから。Stumptown Coffeeの影響は自分のなかでは大きいですね。例えば本国のお店では1ドル75セントを払うとカップだけ渡され、自分でコーヒーをついで飲むんですが、実は用意されているのはすごく特別で良いコーヒーであると。こういうスタンスはいいなと思います。来ているお客さんも、Stumptown Coffeeのコーヒーが飲みたい人と、そういうことは知らずにただ美味しいコーヒーが飲みたくて来ている人の2種類がいましたね。それでいいと思うんです。
― 先ほどおっしゃっていた、当たり前の生活のなかに溶け込んでいるということですね。
松島:そうです。もちろんStumptown Coffeeでは自分たちで産地に行き、農園で買いつけを行い、ローストからパッケージまで徹底的にこだわり、ラボでは常にクオリティコントロールと研究を欠かさないという努力をしているんですが、最終的なアウトプットはすごくラフでカジュアルなんです。そのスタイルを持ちながら、現在のコーヒーがちょっとかっこいいみたいなところもありますが、そこにも応えています。たとえば販売している豆やグッズはパッケージもしっかりデザインされていてファッションに興味がある人にも訴えかけているという部分ですね。多くの方にコーヒーに触れてもらう入り口のひとつとして、見た目を良くすることもあると思いますし、ファッショナブルという部分での一貫性もいいと思います。
― 近年ではポートランドという街自体も面白いものが生まれてくる場所として注目されていますね。
松島:僕が向こうに住んでいた99年頃から、ずっとポートランドは面白いよって言っていたんですけどね(笑)。まず、サイズがとてもコンパクトです。渋谷区ぐらいかな。僕は行くといつも自転車で回っていますよ。世界一自転車に優しい街と言われるくらい、自転車レーンもきちんと整備されていて走りやすいです。ショップもリサイクルやエコへの意識が高いですね。オシャレという意識ではなくて、ヒッピー志向の人が多く自然回帰への関心が強いんだと思います。実際にホーソン・ストリートなんていう場所はヒッピーによって再生された商店街ですしね。
― そういうところでコーヒーカルチャーが育ったということには理由があるのでしょうか。
松島:一貫性ですね。例えば鶏肉を食べるならどこで育てられた鶏なのか、野菜でもどこで作られたものなのか、自分のカラダに入れるものについてはとても意識的です。おのずとコーヒーでもどこの産地で作られたものであるのかきちんと把握していたい。これは90年代からすでにあった文化です。また、ポートランドは冬はずっと雨が降るんですよね。なので家にいる時間も長くなるし、カフェのニーズもある。さらに人もすごく優しくて、自分の持っている知識を惜しみなく与え合う文化がある。こういう場所で人々がコーヒーを中心に交流を深め合っていったことは、コーヒーカルチャーの発展に意味を持っていると思います。
― しかも、アーティストも多い街なので自ずとファッショナブルですよね。
松島:タトゥーをばっちり入れたタフな兄ちゃんが、ヒップホップのレコードを爆音でかけながらコーヒーを袋詰めしたり、Stumptownの店舗では音楽も絶対にレコードで、どんなに忙しくてもレコード1枚をかけ終わるときに次の1枚にとりかえる僅かな時間をブレイクタイムにしているとか、そういうラフで自然体な文化は日本でもどんどん広まってほしいですね。
― でもそこで出すコーヒーはとてもクオリティーの高いものであると。
松島:そうです。Stumptownにはシアトルとポートランドとニューヨークにロースターがありますが、ここでローストされた豆は毎日ポートランドに空輸され、ジムという人がラボで同じ味であるかどうかのチェックをしています。白衣を着たサイエンティストの趣きで、黙々とカッピングを繰り返して。そこまでこだわっていながら、接客はラフなところが好きですね。「ここまで拘ってお出ししているコーヒーですので、しかとお飲み下さいませ」というコトにはならないわけです(笑)。
― Paddlers Coffeeで使っているカップやグラスも、スタイリッシュではありますがとても肌触りがよかったり口当たりが柔らかかったり、自然体の気持よさがありますよね。
松島:この白いカップは日本の作家さんのものですが、このカップは茶器のように自然に両手で包みこむように持つことになるんです。そうすると、飲む前にゆっくりと香りを感じることになるんですよね。Stumptown Coffeeの美味しいコーヒーを味わってもらうのには良いカップだと思っています。輸入している立場ではありますが、こういったことを逆に本国にも発信していけたらいいなと思います。
― ここでお話をしている間にも、お散歩をしている近所の方が訪れたり、ちょっとコーヒーを飲んで仕事に行く方がいらっしゃったり、とても自然に街に馴染んでいるなという印象です。
松島:自宅で飲む豆をここで買っていってくださるかたも増えてきました。今はここからStumptownを広めていき、クオリティーの高いコーヒーを生活のなかに自然に取り入れていっていただくことをやっていきたいと思っています。当たり前の、でも特別なものとして。
ドリップコーヒーはケメックスにkoneフィルターをセットして。
アイスコーヒーには肉厚のグラス。「たっぷり飲んでもらえるよう大きいグラスを探しました」と松島さん。本国でもアイスコーヒー用に使用しているHAIR BENDERで。¥500。
小さいカウンター。中にはバリスタの加藤さん。
すべてのコーヒー豆は本国でローストされ、Fedexの最速便でわずか数日で届けられる。
Paddlers Coffee
東京都渋谷区代々木4-5-13 レインボービルIII 1F 「LIFEson」内
営業時間 8:00 – 17:00
小田急線「参宮橋」駅から徒歩1分。イタリアンレストラン「LIFEson」、パンと焼き菓子の「TARUIベーカリー」が併設。
Photo : Tsuzumi Aoyama
Composition ; Parking Magazine