客引きの女性が手当たり次第、通りがかった若い男に声をかけ、近くの画廊におびき寄せ、何十万もする絵画を売りつける“絵画商法”という悪どいビジネスがある。秋葉原の駅前など各地の繁華街で現場を観察すると、客引きの女性はみんなミニスカートをはいている事に気がつく。これは少しでもカモとなる男がついてきやすいよう工夫された職業上の知恵だと言えよう。
生活のために営む仕事が効率を追求せざるを得ない以上、あらゆる職種の仕事着に機能性は欠かせない。鳶職人のニッカボッカに至っては、裾をダボダボにする事により、足場の空間の感覚を鋭敏にし、他の職人に風の強さを知らせ、落下してもどこかに引っかかる可能性を高め、高所での安全を守る仕組みが満載で、圧倒的な機能性を実現している。
当たり前の話だが、ポケットが多いほうが便利な仕事の人が着る服にはポケットが沢山ついているし、人目を気にしないで済む仕事の人は疲れがたまりにくいダラっとした服を着ている。そんな仕事があるのか知らないが、すぐに服がビリビリになったほうが得する職業では、おそろしく破れやすい生地の服を着ているに違いない。我々が仕事で着る服にはそれぞれ理由がある。
現在、あらゆる職業で服装の工夫を伴った効率の追求が行われているが、“職業と服”の観点で、近代化の過渡期にあった時代の大衆の姿を描き出しているのが『図説 初期アメリカの職業と仕事着』という本だ。223点のイラストと36点の写真を用い、18世紀のアメリカにおける職業と仕事の服について描いた同書の著者は、アメリカの国立学術文化研究機関で歴史に関する主任イラストレーターを務めたピーター・F・コープランド。アメリカで1977年に刊行された後、日本では1988年に濱田雅子氏による邦訳が出版、2016年に普及版として復刊された。
この本がスゴイのは「18世紀のアメリカの労働者階級が身に纏っていた衣服の遺品は、ほとんど皆無に等しく、その上、植民地アメリカの一般大衆は、その時代に描写されないまま、歴史から消えてしまったのである」(p264「再販にあたっての訳者あとがき」より)と記されているように、資料が全く無いなかで、アメリカの植民地時代から独立期の100年間にわたる庶民の仕事着を推察し、描いたところにある。
そのために、コープランドはどのような手法を採ったのか?本書の序論によれば「移民としてやってきた人々の本国の絵画資料」や「逃亡奴隷を捕えるための広告や旅行者の明細書など」をもとにアメリカの大衆の生活と服装を類推し、仕事着の材質から着用の仕方までイラストを起こして解説を付したのだという。
当時の生活習慣や服装のトレンドなど沢山の見どころがある本書にあって、分かりやすく面白いポイントとなっているのが、各職業の解説で度々指摘が行われる「仕事着の必然性」だ。
例えば、著者は「1780年代の典型的なフロンティアマン」について、「アライグマの毛皮の帽子を被り、房飾り付きの狩猟用のシャツを着ている。また、レギンスとインディアンのモカシンをはき、革製のベルトに狩猟用ナイフをはめて、長い銃を携行している」(p116 「フロンティア開拓者」)とイラストとともに紹介。パッと見、もさっとした男性を描いたイラストだ。
その上で「フロンティア開拓者にとっての生活は、海岸地帯の農場や街で比較的落ち着いた植民地生活を送っていた人々の生活と比べると、より荒々しくて、はるかに粗野なものであった。この新たに発見された荒野を最終的に制するのに決定的だったのは、彼らの職人的能力と道具、特に斧と長い銃であった。彼らは、インディアンの森林地帯での技術に関する知識がなければ、フロンティアでの生活にうまく適応することはできなかったであろう」と指摘し「より『文明化された』東部の衣服は、フロンティアではまったく役に立たなかった。西部で用いられた衣服は、フロンティアマンが遭遇した諸条件の中から生まれたのである」と「1780年代の典型的なフロンティアマン」の服装に至った必然性を解説する。ここまで読んでイラストを見返すと、インディアンに伝わる原皮のなめし方を実践し、狩猟に適した帽子や衣服を拵えた、西部の荒野を職人的能力で生き抜くフロンティアマンの姿がそこにある。
『図説 初期アメリカの職業と仕事着』は、18世紀のアメリカの仕事と服装に詳しくなるだけでなく、現代における様々な職業人が日頃どのような意図を持って行動しているのか、仕事着から察知できるようになり、何を着れば仕事で効率を発揮できるかといったセンスも身につく、極めて実用性の高い一冊である。
『図説 初期アメリカの職業と仕事着』(2016年2月 悠書館)
ピーター・F・コープランド著
濱田雅子訳
text : Hiroyuki Motoori