「12×5=60」。ワタリウム美術館で開かれている建築家、磯崎新の展覧会にはこんなタイトルがついています。「12」は彼にとって特別な数です。1968年には雑誌「都市住宅」の創刊号からの12号分の表紙で12の住宅を選び、分析しました。1998年には12人の建築家による“栖”(すみか)についてのエッセイと銅版画を郵送するプロジェクトを実施しています。「Any」をキーワードにした国際会議なども12回開かれました。その12を5倍した60という数は、磯崎が大学を卒業してからの年数。つまり彼のキャリアは60年になるのです。
この展覧会のもうひとつのテーマが、磯崎の「建築外思考」を追うこと。勅使河原宏監督の映画『他人の顔』、横尾忠則のインスタレーション「歩行空間」、吉田喜重演出のオペラ《蝶々夫人》など、建築以外のジャンルとコラボレーションした作品の資料が並びます。『他人の顔』では透明な診察室など、半世紀たった今も衝撃的な美術に協力。「歩行空間」は横尾忠則が制作した大きな陶板に磯崎が街頭で拾い集めたオブジェを額縁のようにして構成したものです。《蝶々夫人》では骨組みだけの家屋を最後に爆発させる大胆な舞台美術を担当しました。この他にもアニッシュ・カプーアとコラボレーションした可動式のコンサート・ホール「アーク・ノヴァ」や、磯崎設計の銀行の応接室に高松次郎が人物やグラスなどの影を描いた「影の部屋」などが登場します。
「建築外思考」にはもうひとつ、「これが建築だ」という硬直化した概念に対して建築の定義の解体と再編を試みる、思考実験の意味もあります。会場にはこの「建築外思考」の象徴と見立てた、「〈鳥小屋〉と呼ばれている軽井沢の書斎」を原寸大で再現したものを設置しました。この小屋は磯崎が夏期に訪れて、建築とは離れたさまざまな思考にふける場です。ここで醸成された「建築外思考」が建築や、あるいは会場に並ぶさまざまな「建築外」の営為に、さらには逆流して建築へと連なっていきます。縦横に編まれた磯崎の思考の織物が立体化した迷路の中を歩くような、不思議な快感に満ちた展覧会です。
「磯崎新 12×5=60」展は2015年1月12日まで、ワタリウム美術館で開催中です。
Photo(Museum) : Tadashi Okakura Text : Naoko Aono