1946年から25年にわたってハーマンミラー社のデザインディレクターを務め、20世紀後半のアメリカのデザインを牽引したジョージ・ネルソン。これまで本格的に紹介されたことのない彼の初めての大規模な回顧展が東京で開かれます。「ココナッツ・チェア」や「ボール・クロック」のデザイナーとして知られる彼ですが、彼が形だけのデザイナーではないことを示す展覧会です。
ボール・クロック 1948 Ball Clock, 1948 Photo: Vitra Design Museum
アメリカのコネチカット州で1908年に生まれたネルソンはイェール大学で建築を学んでいるときに2年間、ローマのアメリカン・アカデミーに留学します。その間、「ヨーロッパを旅して第一線で活躍する建築家たちにインタビューし、それをアメリカで出版したらどうだろう」というアイデアがひらめきました。彼はこのアイデアを実行に移し、ル・コルビュジエやジオ・ポンティらヨーロッパのアヴァンギャルドな建築の潮流をアメリカに紹介します。この記事はユーモアのある筆致と鋭い批評眼で、モダニズム建築の評価が高まるきっかけになりました。ネルソンはデザイナーとしてだけでなく、ジャーナリストや編集者としても優秀だったのです。
ジョージ・ネルソン 1940 年代末頃 George Nelson,late 1940ies Photo: Vitra Design Museum Archiv
1935年、雑誌「アーキテクチュラル・フォーラム」の編集者になり、翌年ニューヨークで建築事務所を開設します。このころネルソンは最初のモジュラー・ストレージ・システムであり、システムファニチャーの先駆けにもなった「ストレージウォール」を考案。1945年に「ライフ」誌に掲載され、大きな反響を呼びました。
ストレージウォール(『ライフ』誌掲載) 1945 Storage Wall, published in Life Magazine, 1945 Photo: Herbert Gehr© Vitra Design Museum Archive
この「ストレージウォール」や雑誌の記事に感銘を受けたハーマンミラーの創業者、D.J. デプリーはネルソンにデザインディレクターを引き受けてくれるよう依頼します。その後ネルソンは自らの事務所を構える傍らハーマンミラーのディレクターを務め、家具はもちろん、建築や展覧会の会場構成、グラフィックや広告まで幅広くデザインを手がけました。チャールズ&レイ・イームズやアレキサンダー・ジラルド、イサム・ノグチら若い才能を発掘し、育てたのも彼の功績です。ネルソンの事務所には短い間でしたがデザイナーのエットーレ・ソットサスやマイケル・グレイヴス、後にニューヨーク近代美術館デザイン・建築部門のディレクターとして長年活躍するアーサー・ドレクスラーらも在籍していました。
スワッグレッグ・デスク(1958)とスワッグレッグ・チェア(1954) Swaged Leg Group: Swaged Leg Chair (1954) and Swaged Leg Desk (1958) Photo: Vitra Design Museum Archiv
ネルソンはこの間も雑誌への寄稿や本の出版を続け、1951年に始まったアスペン国際デザイン会議の開催にも重要な役割を果たします。世界各地を旅した彼は1957年に日本政府の招きで来日し、帰国後、日本のデザインについてアメリカの雑誌で紹介しています。こけしをコレクションし、グラフィックデザイナー、岡秀行が企画した日本のパッケージデザインの展覧会をニューヨークで開催します。またネルソンは1950年代後半から実験住宅のデザインを試みていますが、そこには日本のデザインの伝統の影響が見られます。
エクスペリメンタル・ハウスのための組立説明図 1957 頃 Mounting instructions for Experimental House, ca. 1957 Photo: Vitra Design Museum Archiv
エクスペリメンタル・ハウス模型 1957 Model of Experimental House, 1957 Photo: Vitra Design Museum Archiv
デザイナーの創造性によって人々のニーズに応えるために「非人間的と思われる要素をすべて、根底から壊さなければならない」とネルソンは言います。また、デザインが人々や社会に与える影響について常に考慮すべきであり、「トータルなデザインとはあらゆるものを関連づけるプロセスである」とも言っています。だからこそ彼は、デザイナーには幅広い知識を身につける必要があると考えたのでしょう。
展覧会には彼がデザインした家具やプロダクトのほか、建築関係の資料や印刷物、映像、写真、模型などが並びます。真の意味での「人間のためのデザイン」を考えたジョージ・ネルソンの思考の軌跡をたどることができます。
「アメリカ博覧会」の展示模型“ジャングルジム”とネルソン・オフィスのスタッフ モスクワ、1959 Two staff members in Nelson’s office with a model for the American National Exhibition “jungle gym”, Moscow, 1959 Photo: Vitra Design Museum Archiv
「ジョージ・ネルソン展ー建築家、ライター、デザイナー、教育者」は2014年7月15日から9月18日まで、目黒区美術館で開かれます。
Text : Naoko Aono