住まいは人間を映す鏡である。住居から人の生活が垣間見えるのは言わずもがな、人は住まいによって育まれる。竪穴式住居の古代もいまも、住まいと人の関係は不変であるに違いない。思えば、自ら住処を設計する行為は、人生の指針を自分で選び取る事ではないか。
建築家・中村好文による『住宅読本』(新潮社)は、「風景」「火」「遊び心」「床の間」「住み継ぐ」「あかり」といった12個のキーワードを切り口に、暮らしの内側の視線から「よい住宅とは何か」を論じた一冊だ。平易で温かみのある文章と豊富なイラスト、写真によって、読者が肩肘張らずに「住宅」を考えるためのヒントを丁寧に提示する。例えば「風景」の章では、大阪の下町に溶け込んだ、安藤忠雄の代表作「住吉の長屋」等を写真とともに紹介。「ワンルーム」の章ではH.D.ソローの「森の小屋」にイラストつきで触れ、鴨長明がひっそりと暮らした一丈四方の狭い庵「方丈」になぞらえている。
表題通り本書のテーマは「住宅論」だが、それと同時に、我々人間の「幸福論」でもある。住宅とは「ただ身体的に人が住み、日常生活が行われる容器であるばかりではなく、心もまた、安らかに、豊かに、しっくりとそこに住み続けられる場所」でなければならないと明言する「まえがき」に始まり、一冊を通して著書の幸福観が、誠実かつ柔らかい筆致で住まいの姿として描かれている。著者にとって「よい住宅」とは「よい日常」や「よい人生」と限りなく同義に近いのではないか。建築家ル・コルビュジエが晩年にカップ・マルタンに建て、そこで過ごした「休暇小屋」には風呂もなく、3.66m四方の小さなシンプルな建物であったという。あらためて、住まいとは暮らしである。
本書では、所々に住宅がもたらす人間の成長に対してのまなざしが垣間見える。
「家のなかには、自分の夢をはぐくむ場所、一人で心おきなく夢想に耽ることのできるとっておきの空間やほの暗い片隅をぜひとも持ちたいものだと思っています。(p39「居心地」)」
各章ごと、テーマに沿って、住まいのあり方が人生を豊かにするという事実が繰り返し提示され、読者は確認を促される。
『住宅読本』は、かつて寝床の隣に積み重ねた「アサヒ芸能」の山が崩れ圧死しかけた私個人にとっても、人生を見つめなおす読書体験をもたらした。書籍だけを置く小屋を建てるのもいいかもしれないと思ううち、自然と、その建物の素材や内装について想像が広がっていく。
いつの日か「アサヒ芸能」だけを並べた小屋を作ろうと思う。
Text : Hiroyuki Motoori