2013年夏、日本でも公開された映画『オン・ザ・ロード』。ビートニクの旗手ジャック・ケルアックの同名小説の映画化は、長年に及ぶフランシス・フォード・コッポラの悲願だった。この作品はケルアック自身がモデルの若き作家と、才気溢れる奔放な青年、青年の妻による旅路が紡ぐ物語だ。
監督に『モーターサイクル・ダイアリーズ』のウォルター・サレスを迎え、ケルアックの執筆から60年を経て映像作品となった『オン・ザ・ロード』だが、世間では映画の出来について賛否両論あるようだ。セックスとドラッグのシーンの多さが解せないという意見も聞く。
しかし筆者は、登場人物に内面を語らせず外面の関係性にフォーカスをあてた映画『オン・ザ・ロード』から、誰もが知る原作の映画化に取り組むゆえの製作者の苦心と決意を感じた。未見の諸氏には、その点をもって推薦できる作品である。
映画『オン・ザ・ロード』を好意的に観れなかった人にこそ、読んで貰いたい一冊がある。先日、青山南氏の翻訳により刊行されたばかりの、同じくケルアックの小説『トリステッサ』だ。
本書の内容は、帯の通り。「伝説の旅の果てには、聖女が住む哀しい街があった。メキシコシティを舞台に綴られる、酒とモルヒネと娼婦とブッダをめぐる魂の書」。
トリステッサのモデルは、エスペランサ・ビリャヌエバ。彼女はジャンキーの娼婦であり、インディオとスペイン人のハーフで、麻薬の売人デイヴの妻である。
『トリステッサ』は三十代のケルアックがメキシコシティを訪れた経験から書かれた作品だが、意外や本作では一度もセックスが描かれない。主人公のケルアック自身は最後までトリステッサに手を出さず物語は終わる。しかし、青山氏も後書きで触れているが、ケルアック自身が残した「ケルアックのセックスメモ」によると、現実ではケルアックとエスペランサは何十発もヤっていたという。このエピソードに、ケルアック創作の秘訣がうかがえる。過剰を求め、芸術的な決意で何十発とヤった事実をあえて隠したのだ。
コッポラは、何十年も幻のケルアックと語り尽くし、ついに映画『オン・ザ・ロード』で雄弁にセックスを描いた。
『トリステッサ』を読んだ後、ケルアックの芸術的決意を胸に『オン・ザ・ロード』を観ることができれば、刺激を感じる部分も変わるはずである。
Text : Hiroyuki Motoori
Photo : Tsuzumi Aoyama