いまのコーヒーを語るときに必ず触れられるキーワード「サードウェーブ」。生産者までのトレーサビリティを確保され一定の尺度で評価されたスペシャルティーコーヒーを取り扱う、インディペンデントなコーヒーショップを中心とするムーブメントです。専門誌や雑誌のコーヒー特集などでは紹介されているものの、まだまだ目に触れることの少ないこれらのコーヒーショップを実際に訪れ、今のリアルなコーヒーカルチャーに迫ります。
前回は、東京・参宮橋の「Paddlers Coffee」さんにお邪魔しましたが、今回は東京都世田谷区は奥沢の「ONIBUS COFFEE」へ。オーナーの坂尾篤史さんが「7坪の小さなコーヒーショップ」というこじんまりとした店内には焙煎機も設置され、自家焙煎でスペシャルティーコーヒーを提供しています。自由大学「TOKYOコーヒーライフ」の教授も務める坂尾さん。今のコーヒーカルチャーをどう考えているのでしょうか。
— 「ONIBUS COFFEE」の「オニバス」って、あまり耳にすることのない珍しい単語ですよね。
ポルトガル語で「バス停」という意味なんですが、もとは「すべての人のために」という語源から来ているそうです。以前、僕はバックパッカーをしていて公共バスを乗り継いでアジアを旅していたので、バスにはとても馴染みがあったんですよね。その後、日本で深夜のドキュメンタリーを見ていたら、ブラジルでは国土が広いのでバス停ごとにドラマがあったり物流のキーになっていると。日本ではひとつの移動手段にしかすぎないバスですが、広い世界を見渡せば、そこを中心にした人の集まりがあることが面白く思えたんですよね。そこで、自分でもバスで旅をしていたこと、コーヒーをもっと多くの人に飲んでもらいたいという思いを込めてこのお店の名前にしました。
— バックパッカーの頃に海外のカフェでコーヒーの面白さに気づいて、帰国してすぐポール・バセットで働きはじめたそうですが、このときにはもうご自分でお店を出すつもりだったんでしょうか?
そうですね。3年くらいで独立したいと思っていました。実際には半年早まったんですけどね。東日本大震災がその少し前にあり、ボランティアで向こうに行ったときに地元のおじいちゃんに言われたんですよね。「人生一回だよ。何があるかわからないんだから、やりたいことをやりなさい」と。
— それは……、とても重い言葉ですね。
あれほど重みのある言葉はなかったですね。なので、帰ってきてすぐにポール・バセットを辞めて開店の準備を始めました。バックパッカーのときにコーヒーと出会ったのがオーストラリアで、そこはエスプレッソ文化だったんですよね。ラテや、お湯で割ったアメリカーノというところ。そこを主体にしたコーヒーショップを作りたいと思い、物件探しから。自家焙煎はコストもかかりますし、焙煎機は場所を取るので物件探しにも苦労しましたが、やはり自分の味に責任を持ちたいと考えたときに、焙煎からしっかりやることが大事だと考えていたので。
— お客さんの反応はいかがですか?
最初はブレンドを飲むお客さんが多く、シングルオリジンのスペシャルティーコーヒーを、という方は少なかったですね。雑誌に紹介していただくようになってから凄く増えています。特に若い世代の方にそういう方が多いですね。
— 東京にもコーヒーカルチャーが浸透してきた、ということでしょうか。
確かに、お店に立っているとそう感じます。すごく詳しい方もいらっしゃいますし、豆を買って自宅で楽しんでいるお客様も多いので。ですが、自由大学のようなコーヒーの世界から一歩出たところでは「まだ全然だな」と感じますね。「TOKYOコーヒーカルチャー」の講義はこれから4期目が始まるところですが、過去の講義では15人の定員のうちスペシャルティーコーヒーが好きだという方は2人しかいなかった。これが現状です。
— サードウェイブの雰囲気を持ったコーヒーショップが増え、雑誌などで目にする機会も増えてきてはいますが、まだ広まる余地があるということですね。
コーヒーショップの側というのは、コーヒーを突き詰めることはできるんですが、広めるということについては力が弱いんです。結局のところ技術職ですから。本当は自由大学の教授という立場も自分では向いてないと思うんですが、少しでも広める役に立てればと思って頑張っています。サードウェイブはファッションとかけ合わせることで広まりを見せていますが、さらにコーヒー文化が浸透していくにはバリスタの技術や知識の向上が欠かせないと思います。
ここ数年のサードウェイブコーヒーの盛り上がりはブームと呼んでも差し支えないと思います。いずれ落ち着きを見せることも予想ができますが、パンやワインを考えると、ブームというものは一度きりのものではなく何度も繰り返しやってくるものです。同じようにコーヒーも数回の波を経て、生活の中に定着していけばよいと思っています。
— 「ONIBUS COFFEE」の独自性のひとつに自家焙煎ということがあると思いますが、どのような味を目指しているのでしょうか?
自分が好きな味に焙煎することよりも、どれくらいの焙煎度合いであれば豆の風味を豊かに感じられるかなということを重視しながら焙煎のポイントを探っています。特にシングルオリジンの豆は素材の良さを素直に引き出すことが一番だと思いますし。
サードウェイブの特徴のひとつに浅煎りということがありますが、必要以上の深煎りで本来の豆の味を奪うことがあってはいけません。ブレンドの場合はちょっと違っていて、ミルクとあわせたときにかけ合わせて作る味というものがあるので、自分の好みをけっこう出していますね。甘いけれどベリー感がある、というようなシングルオリジンではなかなか出しにくい味も作れます。
先ほども少しお話しましたが、僕が好きだと思ったコーヒーはオーストラリアのエスプレッソベースのものがルーツなんです。ポール・バセットもエスプレッソに定評のあるお店でしたし、やはり僕自身もエスプレッソを中心に考えているところがあります。エスプレッソの良いところというのは、シングルオリジンだと素材が100%なのですが、エスプレッソには技術が介在する余地がけっこうあるんですよね。オーストラリアではある程度のクオリティーの豆でもバリスタの技量でカバーして、みんなが飲みやすいコーヒーを提供しているというところがあります。ドリップで入れるストレートのシングルオリジンのコーヒーも面白いので、しっかりとした技術で提供しながら、エスプレッソをベースにした、ミルクと合わせることで美味しく作っていくコーヒーも提案していくのが僕のスタイルだと思っています。
ONIBUS COFFEE
東京都世田谷区奥沢5-1-4 [map]
03-6321-3283
営業時間 9:00 – 19:00 定休日:火曜日
東急目黒線 奥沢駅より徒歩1分
東急東横線 自由が丘駅より徒歩6分
Photo & Text : Tsuzumi Aoyama