現代の都市生活者が自然に触れて慰めを感じるとしたら、自然が都市の空白であるからにほかならない。そして、空白とは謎そのものだ。
有史以来、地球の謎は「人類」の興味の対象であり続け、21世紀の現在も大小さまざまな謎が暴きたてられている。世界地図が未完成だった時代、原住民の住む未開の地は人類の謎であり、発見の対象だった。
17世紀初頭、オランダ人のウィレム・ヤンツがオーストラリア西海岸に到着した際、”南半球の大半を占め南極に繋がる幻の大陸メガラニカがついに発見された”と喧伝された。この土地がメガラニカではなくオーストラリア大陸であると判明したのは、1770年のジェームズ・クックによるボタニー湾上陸まで待たねばならなかった。ここから、オーストラリア大陸はイギリスの植民地となる。
イギリスの流刑地としてスタートしたオーストラリア近代史は、1851年、ビクトリア州で発生したゴールドラッシュにより転機を迎える。おびただしい数の移民が殺到し、まだ見ぬオーストラリア内陸部の調査が必要とされたのだ。そして1860年、オーストラリア北部に14名の隊員からなる探検隊が派遣された。
アラン・ムーアヘッドによるノンフィクションの金字塔『恐るべき空白』は、ロバート・オハラ・バークを隊長とした探検隊の栄光と彼らを襲った悲劇を描いた作品。体験隊が成し遂げた達成と見舞われた試練については、本書にあたっていただきたい。一言でいえば「帰り道で死ぬ話」だ。
死を予期しない開拓精神は存在しない。本書は人類の開拓精神にとって「帰り道」とは何かを問いかける。本書では到達の栄光が描写される事により「志半ば」での死と「帰り道」の死ははっきりと区別されている。
「恐るべき空白」とは探検隊の補給地値となったクーパーズ・クリークという場所であり、人類の想像を遥かに超えた過酷な自然であり、開拓精神が埋めようと欲し続ける「謎」空白である。
「恐るべき空白」(原題:COOPER’S CREAK)
アラン・ムーアヘッド著 木下秀夫訳
ハヤカワ文庫
Text : Hiroyuki Motoori
Photo : Tsuzumi Aoyama