2014.10.24
いってこい
かなりマニアックな洋服づくりについての話。
岡山の縫製工場さんにお願いしていたパーツ縫い(試しで一部のパーツだけ縫ってもらったもの)が送られてきました。これは袖口のカフスが付く前の状態です。この袖口の開きの仕様を通称「いってこい」と呼んでいて、シャンブレーシャツなどのワークシャツに良く見られる仕様です。ドレスシャツではこの部分に「剣ボロ」と呼ばれる剣のような形状のパーツを縫い付けるのですが、ワークシャツでは簡略化のために切り込みを入れた袖パーツにパイピングをするだけの簡単な仕様にしています。
ただ、この部分にもこだわりのポイントがあります。それはここが「環縫い」つまり「チェーンステッチ」になっているということ。
たとえば、この50年代ころのLeeのヘリンボーンワークシャツも「いってこい」仕様で、環縫いです。
アメリカ製のワーク・ミリタリーウェアにはとにかく環縫いが多用されています。有名なところではジーンズの裾上げや巻き縫い箇所。チェーンステッチの方が良いあたりが出るということで喜ばれますが、もちろん当時のメーカーが良いあたりを意図して環縫いを選んでいたわけではありません。あくまで生産効率アップのためです。誰もが一度は使ったことがある家庭や学校にあったミシンは「本縫い」ミシンと呼ばれます。このミシンはボビンに入った下糸が、ループ状になった上糸に絡む方法で縫っていきます。丈夫なステッチになるのですが、ボビンに巻ける糸の量が少なく、縫える距離が短くなってしまいます。一方「環縫い」ミシンは一カ所切れてしまうと続けてほつれてしまうという欠点がありますが、下糸が不要(単環)もしくは下糸もコーン巻きの糸を使える(二重環)ため縫える距離が圧倒的に長くなります。つまり、環縫いの方が糸の交換回数が減るため効率が良くなります。大量生産のための効率化をはかったアメリカ製のワークウェアは多くの部分をこの環縫いで縫っています。
これは「二重環縫い」ミシン。「いってこい」の仕様に使う一本針の環縫いミシンです。
このミシンにはパイピングができるように専用パーツが取り付けられています。それが針の前についている「ラッパ」と呼ばれる金属パーツ。このパーツに帯状にカットした生地を流し込むと、四つ折りに生地の端にパイピングがかかるように出来ています。
袖口の開きになる切り込みを入れた袖パーツにパイピングをかけていきます。
切り込みの端はどうしても無理が出る箇所です。少しギャザーが寄ります。
縫い上がりはこんな感じ。もちろんチェーンステッチです。
で、最初の写真の部分縫いについて。15年春夏に向けたサンプルづくりで一つ問題がありました。この「いってこい」のパイピング幅は通常1.5cm幅以上のものが多く、ラッパの種類も太い幅のものばかりです。ただ、来期のシャツは細幅のパイピングにしたかったので、展示会サンプルでは写真のように本縫いになってしまいました。
ただ、ここが本縫いになってしまっているのは、ジーンズの裾がチェーンステッチで無いのと同じような気持ち悪さを感じてしまいます。そこで量産に向けてこのシャツ専用のラッパを作って貰いました。8mm幅の細いパイピング。そのラッパが出来上がったので、工場さんが早速部分縫いをして送ってくれたのが最初の写真です。
無事、スッキリした気持ちで商品化できます。
Text & Photo : Shunsuke Ishikawa