2013.09.27
ご冥福をお祈りします
昨日9月25日僕にとってとても大切な方が亡くなった。死因は交通事故による頭部の外傷。国道を横断中に右折してきた車にはねられたとのことでした。ご高齢にも関わらず心身ともに非常に元気な方で、事故の前々日にも発車しようとする急行電車に乗ろうと階段を駆け上がったりしていたとのこと。事故に遭ったのはうち宛に送ってくれることになっていたお味噌を郵便局に出しに行った帰りだったようで、心が苦しくて仕方がありません。
事故の一報を聞いて、すぐにお住まいだった福岡の久留米まで向かい、そのまま病院に。集中治療室での治療中でしたが、担当のお医者さんの話では首から下はほとんど無傷ながら頭部の怪我がひどく、病院に運び込まれたときにはすでに意識も無く、頭部の血を抜くなど手術を施したが回復の見込みは無いとのことでした。そして、朝方4時前に息を引き取られました。
生まれて初めて人の死を看取り、遺された人たちの悲しみや、「もう少しこうしてあげれば良かった、あのときこう言っておけば良かった」であったり「なんでこんなことに」という悔しさをを身を持って体験することとなりました。僕も自分のいたらなさを悔やんでも悔やみきれない気持ちでいっぱいです。亡くなった方が僕のことを思い、そしてやっていただいたことに対して自分が何もお返しできていない。心よりご冥福をお祈りすること位しか今の自分にできないことが悔しくて仕方ありません。人の死に際して流す涙は悲しみと同時に悔しさによる涙だということを初めて知りました。
その後、遺品整理と遺影を探しに行かれる親族とともにお宅に伺いました。お一人で暮らしていたお家はエアコンも付けっぱなしの状態でしたが、お一人で暮らしていたのに良く手入れが行き届いていました。普段一番長くいただあろうダイニングキッチンには、ご自分で育てた植物から作った薬草茶や大切にされていたぬか床、その他いろいろな食材とともにご自身で作られたレシピ集が何冊もきちんとファイリングされ種類別にラベリングされて並べられていました。その他カレンダーにきちんと書き込まれたスケジュールや、その他の備忘録が貼ってあり、故人の暮らしぶりがよく分かるお部屋です。ご存命中にお会いした際には気づかなかった、故人の人柄が伺えるお部屋でした。周辺の一人暮らしの方々に食事を届けたり、困った人がいたら助けずにはいられなかったという世話好きで暖かい性格と相まって、これからの暮らしを考えさせられる非常に美しい暮らし方です。それはデザインとしての美しさでは無く、もっと根本的なことの美しさ。ご存命であればもっと教えを請いたかった暮らし方でした。
今年は今までに経験したことも無いほど多くの方が身の回りで亡くなっています。親類だけでも叔父が二人に従兄弟が一人、取引先の社長や地元の知人。僕ももうそういう年齢なったいえばそういうことなのでしょうが…。ただ、死について遺された人たちの思いについて多くを考えさせられる年となりました。暮らし方と併せて自分の生き方も考えなければならない年のようです。
Text & Photo : Shunsuke Ishikawa